震災瓦礫は広域処理ありきが問題 環境省院内集会リポート

3月26日記念すべき一日に永田町で開かれた一つの集会に賛同し、参加。

黒田 麻由子(ノンフィクションライター)

 柏崎刈羽原発が点検停止し、東京電力管内の原発がとりあえずすべて停止となった2012年3月26日、衆議院議員会館では瓦礫の広域処理に関して所管の環境省に対し、全国から集まった人々が、疑問点や不安などを質問する院内集会(主催:服部良一議員 事務局:放射性廃棄物全国拡散阻止!3・26政府交渉ネット )が1日通しで開かれた。

環境省側の出席官僚は適正処理不法投棄対策室 杉山徹氏、野本卓也氏、廃棄物対策課、豊村紳一郎氏、小山惠一氏、産業廃棄物部 塩見拓正氏の5人。

北海道から沖縄まで会場に集まった人はおよそ180人、いち早く瓦礫受け入れをした静岡県島田市や、福島県郡山市からの参加者もいた。中学生の若者も参加し「将来、自分や自分たちの子どもの命や健康が危ないのなら危ないと、嘘ではなく本当のことが知りたい」と正々堂々発言し、会場から拍手が起こった。

今回の論点は、岩手県・宮城県の震災瓦礫の一部を全国各地の自治体に運んで焼却処理をする方針が急ピッチで進んでいることを受けたもので、瓦礫に含まれる放射性物質が拡散される強い懸念が中心だ。国は「心配ないレベルのものだけを広域処理する」と言っているが、実際にはすべての瓦礫の放射性物質を測定することは大変困難であり、環境省は各自治体のホームページで公開され安全性が確立しているとして、自らこれを計測していないことを明らかにした。

すでに受け入れた静岡県島田市での産業廃棄物処理業者との癒着が疑われること、東京都が女川町からの瓦礫受け入れを秘密裏に進めたとされる疑惑、東京都ではすでに焼却施設での被曝者が出ている現実などさまざまな意見交換がなされた。3年間の瓦礫広域処理による予算が、かなり多めに見込まれていることも指摘された。

地方自治法では、基本的に地域で出たごみはその自治体で処分するということになっている。もちろんやりきれない場合は周辺の自治体の協力を仰ぐこともできるが、あまりに遠隔地で処理されるということについてははっきりした説明が必要であるとされる。説明がないとなると疑惑が生まれて当然ということであろう。

また、環境省は瓦礫そのものの放射線量測定は行っていないという、この回答を得たとき、思わず会場からも嘲笑が起こっていた。瓦礫問題を語るときにその場の「空間線量」を持ち出すあたり、環境省自ら「放射線について聞かれても答えられない」と主張するとおり専門家ではないことがはっきりした。繰り返しになるが専門家でない人が決定しているということがはっきりわかったわけである。

 

100と8000のあいだには、何が…?

原子炉規正法において、原発事故以前は汚染されているとみなす基準値は、100ベクレル(1㎏あたり)とされていたが、今回の瓦礫処理において8000ベクレルに引きあげられている。この二重基準について法学を学んでいるという東京都の女性から専門的に突っ込んだ質問がなされた。

環境省は「よくお調べいただきありがとうございます」と素っ頓狂な前置詞を置いてから「8000ベクレルは埋め立て基準として原子炉規正法の外にある」という説明を行った。が、すぐにこれが間違いであることが質問者より指摘された。汚染されている瓦礫のレベルを定めた基準値は、今回のことにあてはめると震災瓦礫は原子炉規正法の適用範疇の問題である。

8000ベクレル(1㎏あたり)は、埋め立てが可能なレベルという。これがどのような手続きを経て決まったのかがはっきりしない。

事務局によると「今回の一連の震災問題で面白いのは、これまで活動団体が指摘してきたような質問を、都道府県レベルからも出されていること」だという。それほどまでに誰もがおかしいと考える方針を国が次々打ち出してきているということになる。近代始まって以来の環境破壊を引き起こしていることから、国政レベルの混乱は必至とはいえ、瓦礫受け入れをどうするかは、国民的に意見が二分される問題であるにもかかわらず、たとえば東京都の受け入れを独断したとされる石原知事は反対派の声を「黙れ」という一言で切り捨てている。反対するものは非国民といわんばかりで、議論もなされないとなると、いまさらではあるが、日本は民主国家ではなかったのか。

論拠なき詭弁、すべてが前時代のまま

嘘といえば、放射性核種が取り除けるとしたバグ・フィルター(ろ布式集塵機)もまたしかりのようだ。

焼却炉にこのフィルターをとりつければ99・9パーセント放射性物質がとりのぞけると喧伝していたが、フィルター業者によると「不可能」除去に責任をもてないとのこと。また実際に島田市で独自調査をした市民がこの「基本的な嘘」を実験結果を使って集会の場で発表した。環境省は「私たちの行った簡単なテスト結果から申し上げている」とまたも詭弁を弄する。実験結果を発表した人も呆れ顔であった。論拠は何もないに等しかった。

震災後いち早く、「瓦礫は受け入れない」と議決したはずの滋賀県や北海道釧路市などで、この期に及んでさまざまな圧力からその議決が揺らいできていることや、すでに沖縄では大手建築業者のトラックで何かが大量に運び込まれているらしいということも話された。太平洋戦争敗戦後から基本的に日本政府を信じていない沖縄県民はさまざまな疑惑が浮上している。

実際、私も野菜流通の仕事に従事する知人から「福島県産の野菜は沖縄の離島などに運ばれている」との話を聞いていた矢先だったので、現地の方の報告とあわせて、「汚染ゴミが本当に沖縄に運び込まれているのだったら…」と暗澹たる思いがした。幼い子の健康と将来を考え、連れ合いと別居して沖縄に移住している人もいるだろうに、なんという皮肉なのだろうか。

恐ろしいことに、私の住む埼玉県でも瓦礫の受け入れがまもなく始まり、熊谷市などのセメント業者が受け入れて再利用するとのことらしい。活動家の方々は実験焼却に合わせて、周辺の空気を何とかして集め、調査に乗り出すもようだ。

ただ、震災後まもなく、闇にまぎれて、福島県を含めた瓦礫がすでに他県に運び込まれているということもまた、じゅうぶんありうる事態なのだろうとふと考える。

 

「阪神大震災の折もそうだったので3年ですべての瓦礫を処理、復興につなげたい」という根拠の薄い表向きの理由を繰り返す環境省だが、実際に現地を見てきた人は、すでに町中の瓦礫は駆り置き場に移され、人が住む場所には津波当初のような散乱はもうないと報告する。

奇妙なことに「瓦礫があるせいで復興が遅れている」とされ、実際新聞報道でもそのようなキャンペーン記事が見られた。他方、補助金欲しさに次々と受け入れを決める自治体の安易さも問題だ。「3年で広域処理により片付ける」ための予算は膨大に見積もられている。そのようなばらまきをやめ、大切なものとして資金を節約し、もっと必要な震災支援にあてるということを考えたほうがよいと思うのがごく普通の考え方のように感じた。

岩手県のある町長は「もともと使ってない土地がたくさんあるのに、どうして急いで瓦礫を全国に拡散するのか。10年20年と時間をかけて処理した方が雇用確保し、地元に金も落ちる」と発言している。

また、陸前高田市長は、地域住民の雇用対策も兼ねて現地に大規模焼却施設を建設したい意向を県に申請すると即時却下されている。

どこでどう決まったのか「広域処理ありき」で始まっていることは明らかなようである。早く処理したい、それだけの理由なら、再考してほしい。上記町長のいうように、長い時間をかけて復興に向けて歩んでいくことは、地元の経済効果だけでなく、次世代の教育的価値などを考慮した場合にも、その年月と行きかう人々によって織り成されるさまざまな知恵を学べる、よい機会と場所になるのではないだろうか。とくに今のような時代には、忘却だけが幸せではないのだから。

 

うんざりする「絆」キャンペーン

瓦礫に含まれる放射性物質は、焼却炉で実際に焼かれた灰、排水から計算することになる。灰には「飛灰」「固灰」があり、飛灰は周辺住民が呼気から吸い込んでしまう。また水に溶けやすい放射性物質もあり、排水として環境に出てしまう危険性がある。

このような中、当然のことながら周辺住民には被曝の不安がつきまとう。地方自治体は、そんな住民からの反対の声には「国が安全といっているから」と責任逃れをし、そして全国的な「絆」キャンペーンである。この「絆」という言葉がこの1年間どこでも使われ、一人歩きを続けているのは本当に気の毒だ。

少し話はずれるが、最近、「孤立死」の問題がさかんに報道されている。が、これは今、始まったことではない。この類の記事には「この親子は地域とのつながりが希薄であった」などで結ばれる。だから「絆、絆」。しかしながらこういう死に方はたった今、増えたということは断じてなく、いつの時代でも一定数あったのだ。孤立死を減らさなければいけないことと、ことさら「絆」を強調する戦略はこの際わけて考えたい。また、このような大メディアのからくりは日常茶飯事なのでこの本質が理解できれば、一気にリテラシー力がついてくるのではないだろうか。次世代を担う人々には、ぜひメディアリテラシーの能力を多角的に身に付けていただきたいと日々、念じている。

 

いつか来た道―「非国民」

「被災地のことを思えば瓦礫受け入れなど何でもないはずだ。それに反対するなんてそれでも人間か!」のような言い方が蔓延、思っていることを口に出来ない雰囲気が広がっている。集会に参加して総合的に見ると、瓦礫の処理に反対する理由は利己主義ではなく、むしろ日本のことを真剣に考えての行動であることが理解できる。

放射能汚染地帯に住まざるをえない人々の内部被爆を少しでも減らすため、まだ汚染の少ない西日本以西の食べ物を供給することは続けていかなければならない。日本列島がすべて放射能汚染でがんじがらめになるとどんなことが起こるだろう。

たとえば外国産のものを求める人が増えて、国内の産業・農業は衰退する。また逆に輸出したものについて、「放射能汚染があった」と国際的な賠償請求が来る事態に発展することもあるかもしれない。これらは現在、「5年間は国民に詳細を知らせない」ということが前提で秘密裏に交渉が進行中のTPP協定とも関連して想定できる。すぐそこに迫った大問題なのである。日本のメルトダウンがすぐ目前にきている、と背筋が冷たくなった。

参加者からの報告を一部リポートしたい。

北海道釧路市から参加の方は、植物の線画を描く人。「釧路市には2つの国立公園がある。そこで花の絵を描こうと思っても植生の保護のため立ち入り禁止区域がある。そういうことを環境省は推進するところだったはず。それが危険かもわからないゴミを国立公園内に持ち込もうとされることの矛盾を考えてください」と呼びかけた。

福島県郡山市から参加の方は「原発事故があってからいくつもの院内集会で国の役人と交渉を試みてきたが、いつも出てきてくれるのは若手の官僚ばかり。中心世代の官僚が出てきて話し合ってくれることもなく、ほとほと疲れてしまった。いまは自分の命を大切に残りの人生を生きようと仲間たちとも話している。ごみは他のところ、間違っても西日本には持っていかないでほしい。いま、日本人が絶滅する危機であることをもっと認識してほしい。たとえば10年20年後に実際何か起こったときに責任を負う世代のあなたたちが上の人たちを説得してください」と感情を抑えた語り口で訴えた。

神奈川県でごみ焼却場でアルバイトしているという男性は「瓦礫が燃やされることになるとそこは放射線管理区域になる。何も知らない仲間たちがこのままでは被爆の危機にさらされる。燃やさない方法を考えてほしい」と大声で訴えた。

質問の嵐は定刻になってもやまず、環境省の若手官僚たちは、「時間ですので」と立ち上がることもせず、うつむき加減で意見を聞いていた。彼らの立場も察するにあまりある。大きな機構の中での自分たちの無力を知らないはずはないだろう。しかしながら彼らにもおそらくは血をわけた幼い子どもがいるはずだった。私たちはみんな、おそらく来る最終局面では敵・味方ではない。

真にわかちあう社会とは

この問題の核心はどこにあるのだろうか。「被災地の不幸をみんなでわかちあい、一日も早い復興を」という共感だけではないことは、ここまでくればわかる。

瓦礫と一言でいっても、その中にはさまざまなものがある。放射性物質だけでなく、有害物質もたくさんあるだろう。今後、その中から何がみつかるかわからない。まだ知られない事実が発掘される可能性もある。「早く片付けたい」のは被災地の人たちではなくほかの誰か、なのかもしれない。

また前段で書いたように、国際関係の中で起こる、惨事便乗型資本主義の一環として考えられないではない。

さらには、数年後、病気などが大量発生したときに備えて、福島や東北だけに偏った症例が出ないよう、日本列島各地にまんべんなく放射能をばらまいておけば「国民病」「時代病」でごまかせるといった東電や原子力ムラの思惑からくるのであろうか。

ヒロシマ、ナガサキ原爆投下と水俣病など4大公害を経験してきた日本とすればあまりに残念な、はずかしい様であり、何より悲しい。

行動し、知り、つながることで解決に近づくと信じてこその活動である。何も変わらないと諦める人が圧倒的多数であったから、原子力ムラやその他の利権構造がここまで強固に確立してきたのである。これは驚くべきことで、こここそを突かなければ明日はないであろう。

衆議院議員会館を出ると「派遣会社と派遣先のもつれから不当に職をなくしたという女性や、消費税増税に反対する人々、また若者にチャンスを与えない国に対して抗議して座り込む若者たちとさまざまな人々がビラをまいていた。

放射能問題はそれこそ日本を沈ませる大問題であるが、私たちの国には、今、長く問題の本質を見つめずに物質的価値だけを追い求めてきたことで、ひずみがあちこちに露呈している。まさに文明の惨状といえる。

おそらく、利権の末に思ったとおりの金銭や何がしかが手に入ったとしても、その当人が幸せになるということはないであろう。この現代文明の惨状の本質に真に向き合う人が増えない限り、私たちの国に巣食う諸問題は解決に向かうことはない。魔物のように行く手に広がる放射能も、日本列島を覆いつくし、やがて未来を奪うはずだ。

事務局ホームページhttp://gareki326.jimdo.com/

 

 


黒田 麻由子 (ノンフィクションライター)

主著に『墓石の下には眠らない』(朝日新書・08年)『冒険者忘れえぬ一言』(NHK新書・03年)『ランニングウーマン』(情報センター出版局・96年)がある。その他、書籍の執筆や雑誌等への寄稿歴多数。取材・執筆のかたわら、2011年に地域メディアのグループを立ち上げ、リテラシー能力をいかに高めるか、またジャーナリズムとは何かを考えつつ、活動中。

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